Grandma Plays the Numbers

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4.名無しさん2023年07月05日 14時52分

ちなみにこの曲は「歌い手Wynonie Harrisが彼のバアちゃんの(違法な)ナンバーズ遊びを友達からチクられる・囃される」という体裁になっている。なので >>1 の言う「俺のバアちゃんがナンバーズやってる」ではなく「お前のバアちゃんナンバーズやってるぜ」という曲になる。

3.名無しさん2017年11月29日 04時39分

ここで歌われているナンバース(Numbers)とは、翌日発表される無作為に選ばれた3ケタの数字を予想する、というゲームである。この数字は例えば「新聞や雑誌に掲載される、ある競馬場における掛け総額の下三桁」などと指定される。

その歴史は非常に古い。ナンバースを取り仕切る元締めは「銀行」などと呼ばれたのだが、彼らは1860年以前から活動していたとされ、1875年にはニューヨーク州議会における報告にて「最悪のギャンブル」としてナンバースの名が挙げられた。

20世紀初頭までに全米の貧しい労働者らが熱中するに至ったのは、1セントなど非常に少額から賭けられたこと、手持ち以上の額を賭ける信用賭けが可能だったこと、そして払い戻し倍率がしばしば膨大(典型的には600倍)だったことによる。「銀行」は大抵ギャングの関係者だったが、賭け自体は床屋や酒場など、人が出入りするあらゆる場所で行われていた。

現在では公営宝くじなどの普及もあって組織的なナンバースは消滅し、せいぜい個人間の娯楽として行われている程度だという。ボストンでは1970年代頃までギャングらを中心に行われていたのだが、州営宝くじが始まってからは縮小した。ただし、州営宝くじよりも払い戻し倍率が大きく、賞に税がかからなかったので、完全な壊滅にはさらに数年を要したとのことだ。

2.名無しさん2017年02月26日 19時09分

上記のようにアメリカでは違法だった時期があるがアメリカは賭博に関する法律が厳しい。L.Aノワールでは違法くじの事務所にガサ入れする場面もあるくらいだ。カジノが合法なのも東部ではニュージャージー州アトランティックシティ、西部ではラスヴェガス、リノ、プリムなどの賭博都市を有するネヴァダ州一帯と罪滅ぼしのために限定的に認められ、全米各地に点在するインディアンカジノぐらいである。ヴェガスが発展したのはルチアーノ・ファミリーにいたベニー・シーゲルが賭博が合法のこの地に目をつけ、リノより足を運びやすいヴェガスフラミンゴを建設したことが始まりであった。これに後続のマフィアやカモラやらなんやらかんやらが飛び付き悪徳と負けとなんか変なのがいる街の基盤ができ、今に至る。賭博にマフィアが飛び付いたのもやっぱり禁酒法の廃止で、ブートレグが抜けた穴を埋め合わせるための新たなビジネスクスリと賭博になったのは必然でもある。キューバではバチスタ政権と癒着し、莫大な富を築き上げていた。キューバのカジノリゾートはヴェガスのものよりももっと豪華絢爛に作られていた。最もこのカジノはコミーの起こしたキューバ革命によってぶち壊されてしまう。ヴェガスの発展が今日のようになったのはカストロのお陰と考えると楽しめるに楽しめないかもしれない。

1.名無しさん2017年02月19日 15時44分

ダイアモンドシティラジオで流れる曲。
ウィノニー・ハリス(ワイノニー・ハリス)によって1949年に発表された。

トラビスが「賭け事をする家族が居る人は~」と曲紹介を入れているように、
この曲の歌詞は「俺のばあちゃんが宝くじに熱中してるんだが」という内容。
数字遊びというのはおそらくロッテリー(日本で言うロト)のような
宝くじにばあちゃんが熱中しているという事で、孫がその事をネタにして
おいおい・・・と言っているような感じである。

現在では「宝くじ」というと公営だったり、収益を一部公益にあてるものが
主流だが1940年代、50年代にはギャングの収益源になっていて
重大ではないが微妙に違法なギャンブルの一つ程度の扱いであった。
禁酒法などの禁欲的な時代を抜けて刺激的な娯楽が街に溢れ始めた時勢上、
ハマってしまうおじいちゃんおばあちゃんが実際かなり多かったらしく
この曲がヒットした背景にはこうした事への共感があったのかもしれない。

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